多作な作家として知られている太宰治ですが、「人間失格」は日本だけではなく、世界でも読み継がれている作品です。今回は、前回に続きいまなお愛される不朽の名作「人間失格」の名文の英語版をご紹介します。
人間失格は英語で?
「人間失格」というインパクトのあるタイトルですが、英語では「No Longer Human」というタイトルとなっています。作品中には、主人公が自分のことを人間失格だと認める部分が登場しますが、その部分は「Disqualified as a human being. 」と英訳されていました。フランス語はできませんでしたが、英語とドイツ語は得意だった太宰治。もしも、彼本人が「人間失格」を英訳したとしたら、どのようなタイトルになっていたか気になります。
英語で味わう「人間失格」
She gave me the impression of standing completely isolated; an icy storm whipped around her, leaving only dead leaves careening wildly down.
そのひとも、身のまわりに冷たい木枯しが吹いて、落ち葉だけが舞い狂い、完全に孤立している感じの女でした。
“I feel so unhappy.”
侘びしい。
The weak fear happiness itself.
弱虫は、幸福さえおそれるものです。
Sometimes they are wounded even by happiness.
幸福に傷つけられる事もあるんです。
She died. I was saved.
女のひとは、死にました。そうして、自分だけ助かりました。
I yearned with such desperation for “freedom” that I became weak and tearful.
つくづく「自由」が欲しくなり、ふっと、かぼそく泣きそうになりました。
I know that I am liked by other people, but I seem to be deficient in the faculty to love others.
人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於おいては欠けているところがあるようでした。
What, I wondered, did he mean by “society”? The plural of human beings? Where was the substance of this thing called “society”? I had spent my whole life thinking that society must certainly be something powerful, harsh and severe, but to hear Horiki talk made the words “Don’t you mean yourself?” come to the tip of my tongue. But I held the words back, reluctant to anger him.
世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実態があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、「世間というのは、君じゃないか」という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。
The “world,” after all, was still a place of bottomless horror. It was by no means a place of childlike simplicity where everything could be settled by a single then-and-there decision.
自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそろしいところでした。決して、そんな一本勝負などで、何から何まできまってしまうような、なまやさしいところでも無かったのでした。
God, I ask you. Is trustfulness a sin?
神に問う。信頼は罪なりや。
You really ought to go to a place with no women. Everything goes wrong as soon as women are around you. Yes, a place without women is a fine suggestion.
女のいないところに行ったほうがよい。女がいると、どうもいけない。女のいないところとは、いい思いつきです。
I thought, “She must be unhappy too. Unhappy people are sensitive to the unhappiness of others.” Not until then did I happen to notice that she stood with difficulty, supporting herself on crutches.
ああ、このひとも、きっと不幸な人なのだ、不幸な人は、ひとの不幸にも敏感なものだから、と思った時、ふと、その奥さんが松葉杖をついて危かしく立っているのに気がつきました。
I feel so on edge I can’t stand it. I’m afraid. I’m no good for anything.
不安でいけないんです。こわくて、とても、だめなんです
My unhappiness was the unhappiness of a person who could not say no.
自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。
God, I ask you, is non-resistance a sin?
神に問う。無抵抗は罪なりや?
Disqualified as a human being.
人間、失格。
I had now ceased utterly to be a human being.
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
He was dead, that familiar, frightening presence who had never left my heart for a split second. I felt as though the vessel of my suffering had become empty.
父が、もういない、自分の胸中から一刻も離れなかったあの懐かしくおそろしい存在が、もういない、自分の苦悩の壺がからっぽになったような気がしました。
Now I have neither happiness nor unhappiness.
いまは自分には、幸福も不幸もありません。
No. I didn’t cry … I just kept thinking that when human beings get that way, they’re no good for anything.
いいえ、泣くというより、……だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね