翻訳分野の中でも、常に翻訳需要が多い医療翻訳。医療関連の翻訳では、英語以外の言語が登場することもあります。とくに日本では、英語以外にもドイツ語やラテン語が医療用語として使用されていますが、医療翻訳に携わるなら英語以外の言語も習得したほうが良いのでしょうか?
医療現場でドイツ語が使用されている理由
日本の医療現場でドイツ語が使用されてきたのは、明治政府がドイツの医学を学ぶよう医師たちをドイツに留学させたからです。明治政府は社会制度だけではなく、軍事や科学分野に関して、当時の世界最高レベルを誇る国をお手本にしようと計画します。
交通や郵便などの生活インフラシステム、海軍についてはイギリスを手本に、陸軍はフランスを手本に、そして医学や自然科学に関してはドイツから学ぶことになりました。そのような背景があって、明治時代以降の日本の医療業界ではドイツ語が使用されるようになります。ただし、日本の医療がドイツ医学を手本にしていたのは、第二次世界大戦前まででした。
医療翻訳のためにドイツ語を学ぶべき?
現在の医療業界では英語がもっとも頻繁に使用されていますが、ドイツから本格的に西洋医学を学んだ名残なのか、医療業界に従事する人々がドイツ語らしい響きの隠語を使用したり、外科用語にドイツ語が使用されていたりと、いまだにドイツ語を見聞きすることがあります。例えば、カルテ、クランケ、ギプス、オブラート、スピッツ (採血管)、ナート(縫合)、ムンテラ(病状説明)など医療現場で使用されているこれらの言葉たちはすべてドイツ語です。
翻訳については、ドイツ語で発表された医学論文の独日翻訳の需要があります。しかしながら近年では、医療分野の文献は英語を使用するのが一般的になっているため、ドイツ語を日本語に翻訳する案件は英語ほど多くはありません。ドイツ語の知識があれば役立つ場合もある医療翻訳ですが、現在では英語が中心になっているため、ドイツ語ができなければ医療翻訳に携われない訳ではありません。
医療業界で使用されているラテン語
世界の医学分野で、英語が共通語として採用されたのは19世紀中頃からのこと。中世から19世紀初期にかけては、ラテン語に加えて英語が用いられるようになります。それ以前の長い期間は、ラテン語とギリシャ語が医学用語として用いられてきました。
現在、医療業界の世界共通語が英語になっているとはいえ、ラテン語が姿を消した訳ではありません。日本の外科用語はドイツ語が多いですが、解剖学用語はラテン語が使用されています。医療翻訳を行うに当たって医療英語を目にする機会は当然ながら多いですが、医療英語のほとんどがラテン語、もしくはギリシャ語由来の単語です。医療翻訳をするに際して、ラテン語を完全に理解している必要はないかもしれませんが、ラテン語の知識があると翻訳に役立ちます。
たとえ医療翻訳者を目指してはいなくても、英語学習者がラテン語を学ぶメリットは大きいでしょう。ラテン語を学ぶと英語への理解が深まるといわれています。もちろん、英語は直接的にはラテン語から派生した言語ではありません。ラテン語から派生した言語はロマンス語(ロマン語)と呼ばれている言語で、フランス語、プロバンス語、スペイン語、カタルーニャ語、イタリア語、ポルトガル語、ルーマニア語、加えてスイスからイタリア北東部で話されているレト・ロマン語(ロマンシュ語)のことです。 このように英語はラテン語に属する言語ではありませんが、ラテン語から語彙を取り入れたため、ラテン語由来の単語がたくさん存在します。ですから、医療翻訳にかかわらず、翻訳の仕事に携わる人がラテン語を学ぶことは有益だといえるのです。