19世紀末の日本に、一人の英語の達人が誕生しました。多くの芸術家たちの思想の師となった岡倉天心は、美術運動家として大きな功績を残した人です。「和魂洋才」を体現した人・岡倉天心をご紹介します。
岡倉天心と英語
1862年、岡倉天心は福井藩の藩命により、横浜で「石川屋」の貿易商を営んでいた両親のもとに生まれます。6歳頃から宣教師のジェームズ・バラが開いた英語塾に通っていた岡倉天心ですが、外国人が出入りする貿易商の家に生まれただけあり、彼の英語力は9歳ですでにネイティブ並みだったといわれています。
原文でコナン・ドイルのシャーロック・ホームズの本を読んでは、家族にその内容を話していたといいますから、岡倉天心の英語力は相当なものだったといえるでしょう。
ボストン美術館の中国・日本美術部に迎えられ、アメリカを訪問していたときのこんな逸話が残っています。
アメリカでも羽織・袴で過ごした岡倉天心を、「What sort of nese are you people? Are you Chainese,or Japanese,or Jawanese?」(あんたらは何ニーズなの?チャイニーズかジャパニーズ?それともジャワニーズかい?)とからかったアメリカ人に対し、堂々とした英語で彼はこう切り返します。
「We are Japanese gentlmen. But what kind of key are you? Are you a Yankee,or a donkey,or a monkey?」(わたしたちは日本の紳士だ。ところで君は何キーなんだい?ヤンキーかドンキーか?それともモンキーなのか?)
咄嗟に英語でうまい切り返しができる岡倉天心に、弟子の横山大観は心底関心したそうです。
品格のある美しい英語
岡倉天心は、代表作である「茶の本」をはじめ、「東洋の理想」「日本の覚醒」を英語で執筆しています。
特に「茶の本」では、揶揄や掛詞(かけことば)、そして言葉遊びなどの英語表現をふんだんに用いた品格のある英語で、日本の伝統文化と東洋文明の世界観が紹介されています。
日常生活と芸術・宗教を別の次元のものと捉えて切り離す西洋近代文化に対し、茶道および茶の精神を、日常的な俗事ながらも究極の芸術であり宗教でもあると捉えているのが日本の世界観です。
岡倉天心は、現代世界の荒廃したありさまを嘆きながらも、そこから退いて一杯のお茶を啜る必要性についてこう述べました。
Meanwhile, let us have a sip of tea. The afternoon glow is brightening the bamboos. The fountains are bubbling with delight, the soughing of the pines is heard in our kettle. Let us dream of evanescence, and linger in the beautiful foolishness of things.
(それまでの間、お茶を啜ろうではないか。午後の日差しが竹林を照らし、泉は喜びに沸き、茶釜からは松風の響きが聞こえてくる。はかなきものを夢見て、美しくも愚かなことに思いを巡らそうではないか。)
一杯のお茶を啜ることを詩的に表現しつつ、お茶を飲むという俗事にこそ、欲望に満ちた現代社会の混乱を収拾するヒントがあると岡倉天心は述べています。
岡倉天心の美学
岡倉天心は西洋文化に通じていながらも、日本の伝統文化や独特の世界観を高く評価していました。
文明開化に沸き立つ日本を岡倉天心はどう思っていたのでしょうか?
日本文化の曖昧さはときにネガティブに捉えられる場合もありますが、岡倉天心はこう述べています。
It is not showing but implying that is the recipe of the infinite.
(見せびらかすのではなくほのめかすということ、それが無限なるものの秘訣だ)
また、日本の未来を危惧してこんな言葉を残しています。
If, in order to make ours a civilized country, we have to depend on the honor of the bloody wars, she will rather remain a barbaaaarous one forever.
(わたしたちが文明国になるために血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないなら、むしろ永遠に野蛮国のままであり続けよう。)
結局、岡倉天心の想いも空しく、戦争を通して近代化の道を歩むことになった日本ですが、彼の高潔で美しい思想と英語は現代に生きるわたしたちの心に訴えかけるものとなっています。
日本独自の文化や世界観を外国の人々に伝えるのはなかなか難しいことですが、岡倉天心は見事な英語でそれらを紹介することに成功したといえるでしょう。
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